May 04, 2009
ホテルの予約をしておけば
ホテルの予約をしておけば問題はない。何よりもお金はありませんので、予約をしておいても損はないと思うが、それでも行くことが前提に予約をしているのだから、また考えてもいないのに予約してはいけない。法的に処罰することは、ないかもしれないが、こういうのはモラルの問題です。ホテル予約宿泊時だけにしよう。大切な記念日などはいつものように過去のあるカップルが多いと思いますが、名古屋の場合はラグジュアリーな雰囲気で、大切な日を過ごすようになっているのです。名古屋のホテルには、様々なサービスをしているような名古屋のホテルも増えてきているため、推奨されています。
◇14安打、圧倒
「ついに頂点とったぞ!」。第83回センバツ大会(毎日新聞社、日本高野連主催)で東海大相模は3日、九州国際大付(福岡)と決勝を戦い、6−1で11年ぶり2回目の優勝を飾った。準決勝に続いて2本塁打をたたき出し、14安打で得点を重ねて圧倒した。優勝候補と言われながら初戦敗退した昨春のセンバツ、惜しくも準優勝に終わった昨夏、そして連続3回目のこの甲子園で念願の優勝旗を手にした。【山田麻未、山崎一輝、山口朋辰】
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▽決勝
東海大相模 002120100=6
九州国際大付 000000001=1
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◇佐藤主将「被災者に感謝」
零封で迎えた九回裏、相手は2死から二塁打と安打で意地の1点を入れた。三塁側アルプススタンドの応援団からは「あと一つ」のコール。女子生徒らは手を握りしめ、祈るように見守った。
約3万2000人の大観衆の目は、六回からマウンドに立つエース・近藤正崇投手(3年)に注がれた。2ストライクにした後の3球目。相手のバットが空を切り、佐藤大貢主将(同)はその瞬間、跳び上がってマウンドに駆け寄った。一斉に立ち上がるアルプス応援団。互いにメガホンを打ち鳴らし、喜びを分かち合った。
佐藤主将は決勝前日、「優勝できたとしても、その瞬間は大喜びをするのは控えよう」とチームに提案していた。東日本大震災で被災した人たちへの配慮からだった。
しかし、喜びの気持ちは抑えられなかった。佐藤主将は「チームメートの方が冷静で、はずかしかった」とはにかみ、「大会の開催を許してくれた被災者の方に感謝します」と話した。田中俊太選手(同)は「守備や走塁、全てで積極的にいくのが自分たちの野球。練習を続けたことで、良い結果が出せた」と報われた表情だった。
「打つこと、走ること、作戦、全てで総攻撃しないと立ち向かえない」。門馬敬治監督は試合前、話していた。その言葉が形になったのは三回。渡辺勝選手(同)が左中間、田中選手が右中間を破っていずれも二塁打を放ち、さらに佐藤主将の安打で2点を先制。試合の流れを引き寄せた。田中選手の父正行さん(50)は「気持ちが乗ってきてる」と、息子の打撃に手応えを感じていた。
その後も東海大相模は走攻守で手を緩めることはなく、チーム唯一の目標だった「優勝」に近づいていった。
◇優勝、信じてた
○…東海大相模のスタンドではチームでただ一人のマネジャー、石間伏里沙さん(3年)が声援を送った。中学時代の08年、東海大相模の吹奏楽部員だった姉美希さん(20)と夏の県大会を観戦し、選手のひたむきな姿にひかれて進学を決意。普段はベンチ清掃など裏方を担当し、試合前には選手に「みんなで頑張ろう」とメールを送って精神面でも支えてきた。「絶対優勝してくれる。信じている」。その思いにナインはしっかり応えた。
◇被災地で喜ぶ人が
○…東海大相模の今井惇貴選手(3年)は、東日本大震災で被災した北茨城市の出身。実家は屋根瓦が落ち、電気や水道も止まった。この日、三塁コーチとして声をからした今井選手。スタンドの母路江さん(45)には地元の知人から「テレビで見て元気をもらった」と携帯電話でメールが届いたという。甲子園は、東海大相模元選手の父昭二さん(53)が75年春に準優勝した地でもある。今井選手は「精いっぱいのプレーを心掛けた。喜んでくれた人がいるなら、うれしい」。
◇校内で600人、大声援送る
相模原市南区の東海大相模高校では生徒や近所の住民ら約600人が中継に見入った。生徒は緑のメガホンを手に1球ごとに声援を送り、五、七回の本塁打の場面では大歓声に包まれた。最終回は「あと一つ!」の大合唱となり、試合終了とともに跳びはねるように喜びを分かち合った=写真。昨夏の甲子園はアルプス席でフルートを演奏した安西真由子さん(3年)は「震災の影響で学校から声援を送ったが、皆と応援できて良かった」と笑顔を見せた。長年のファンという光永義徳さん(62)は「自宅で見ていたが、いても立ってもいられず五回から来た。感無量」と目に涙を浮かべていた。【宗岡敬介、写真も】
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■白球譜
◇仲間と自分を信じて−−東海大相模(3年)近藤正崇投手
決勝前夜。バッテリーを組む佐藤大貢主将からの手紙にこうあった。「マウンドで抱き合おう」。最後の打者を空振り三振に打ち取り、駆け寄る佐藤主将を控えめに受け止めた。震災被災地を思って派手な振る舞いはしたくなかったからだが、「本当にうれしい」と素直に言った。
長い道のりだった。エースナンバーを背負った昨秋の県大会初戦で左足首を脱臼。11月末に手術をした。エースの自覚と「日本一」の目標を胸に、地道なリハビリに取り組んだ。
打者に投げられるようになったのは今年2月中旬だが、冬場の筋力トレーニングなどで体重も増え、投球フォームが安定して球速もアップ。先も見えない中で練習に向き合った経験を通し、精神的にも成長した。
この日は、六回からリリーフした。試合前に門馬敬治監督には「最後はお前で行く」と言われていた。強力打線を1失点に抑え込んだ。甲子園で学んだのは「仲間を信頼し、自分を信じる大切さ」。
背番号1が、まぶしく見えた。【山田麻未】
4月4日朝刊
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